2014年09月16日

循環マラソンお疲れ様でした

 えーと循環マラソンお疲れ様でした。入稿しました。昨日届いたノートは脱稿祝いだったんでしょうかありがとうございます。なんかノートちょいちょいもらってありがとうございます。
 なお本は9/21大阪BORDER LINE(インテックス大阪) G40「空夜」さんに委託していただく予定です。通販の予定はよくわからんです。おおむねご存知のとおりうちの通販処理は去年の11月に死んだままです。

 循環マラソン、最後に行くに従ってどんどん発狂していく様子がそこそこコンテンツとして優秀だったような気がしますが、実際問題として毎日「吐く」「吐き気がする」「お腹が痛い」と言い続けるというマラソンであり、俺はどうしてあんなプロットを立てたのだろうかと思いましたが、どう考えてもプロット段階よりひどい話を書きましたねあれ。プロットなんてあてにならないものです。
 ていうかプロットがぜんぜんプロットとしてのていをなしてないというかただのアウトラインじゃねーかと思った。実質的に本文に入ると毎回その回のプロットを立て直すという作業が入って超自転車操業というかとてもキツかったのですが事前にもっと丁寧なプロットを立てるべきではなかろうか。無理だ。俺にはこれ以上は無理だ……。

 まあでも無理だと言っていても仕方がないし今回原稿とてもキツかったので次もうちょっと楽ができるように頑張りたい、具体的にはもうちょっと詳細なプロットを立てる努力をしてみたいと思いました。
 つい数日前まで「もう頭のおかしいキャラばっかり出てくる話は書きたくない」と言っていたはずだったんですが、実際問題として現在頭のおかしい話の企画が進行しており、なにひとつ懲りていません。書き上がってしまうと脳内麻薬がアレして辛かったことはなにもかも忘れてしまうという現実を生きています。



 しかし小説を書き上げたので多少現実に戻れたようだ。
 即興小説を含む、書き始めてからものを考えて適当に書きつないでいくタイプの小説をわたしはライブライティングと呼んでいて、それはわたしのなかでは「小説」とは違うカテゴリのもので、「体を動かす」みたいな、そういうのに近い、ただ単に体を動かす、みたいな。ただ単に体を動かすのがスポーツをやる(一つの目的に向かって完成させていく)というのとは違うようにライブライティングは小説ではない、いや出来上がったものを小説と呼ぶのはそれはそれでいいんだけど書いている時の体験としては小説ではない、というのがあります。
 で、ライブライティングをやると非常に精神の安定を得られて癒されるのですが、達成感は特別ないので、達成したという感覚を得るためにはテーマとプロットのある小説を書かなくてはならなくて、テーマとプロットのある小説を書くことによってようやく自分や社会と向き合えるみたいなそういう感じ。
 そういう感じなので小説を書けてよかったです。常時えずいてましたが。でも結局ガチで吐かなかったから大丈夫だよ……。



 軽い鬱があって寝てばかりいるのですが徐々に良い方に抜けていくのではないかと思う。抜けていけばいいなと思う。次の小説のことを考えると早くもお腹痛いのですがそれでもどうして書くんですかね。
 自分や社会と向き合うためですよ、カナチャン。
posted by かなむら at 05:48| 広島 ☁| →ワトリ二次創作『循環する街』メイキング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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